制作者に聞く!俺たちbot制作と誕生の秘話 前編
最近小さく世間を騒がせている俺たちbotというTwitterアカウントがある。今回はそのbotの制作をした作者に世界で初めてインタビューをすることに成功した。
——この度はインタビューをお受けいただきありがとうございます
作者「いえいえ、こちらこそインタビューを申し込んでくれてありがとうございます。実は前からこういう機会が欲しいと思っていたんです。今日は何でも聞いてくださいね。こちらもできる限り答えさせていただこうと思います。」
——さっそくですがなぜ俺たちbotを作ろうと思ったんですか?
作者「私の通っていた中学校が非常に荒れていまして、DQNがいるのはもちろんなんですけど特別支援学校にいるような頭のおかしい人間がそれ以上に幅を利かせている特別な環境だったんです。植木鉢にスーパーで買ってきた野菜を突っ込んだり、教師の車をみんなで押して動かしたり、給食のチーズを発酵させて黒板消しクリーナーに突っ込んで兵器にしたりといった頭がおかしいとしか言えない行為が日常茶飯事でした。当時はそれが当たり前だと思っていましたが、中学を卒業して高校に入ってから、私は周りの人間のまともさに驚きました。私は中学校の頃から比較的まともな精神を持ち合わせていたので高校の居心地は良かったのですが、それでもたまに中学の荒れっぷりが恋しくなることもありました。そこでいつでもあの頃の出来事を思い出せるように、風化させないように俺たちbotを作ることを決めました。」
——botという形で始めようと思ったのはなぜですか?
作者「高校に入って間もないころに友人からTwitterを勧められたんです。ちょうど高校入学あたりで親にスマートフォンを持たされたので良い機会と思って始めてみました。でも人付き合いが苦手な私は人間でなく、botという用意されたネタをひたすら呟く仕組みに惹かれたんです。一時期はフォローの9割がbotでした。そういった中、友人が○中botというbotを作っていたのを知りました。そのbotは母校のあるあるネタを呟いていました。その友人からbotを簡単に作れるサイトがあることを聞き、先ほど述べた理由と、自分もbotで誰かに何かを届けられたらいいなという気持ちからbotという形で始めようと思いました。」
——その後すぐに活動休止をされましたが?
作者「やはり軽い思い付きでは順風満帆とはいかなかったんです。初期の頃のネタ数は40~50くらいだったんじゃないでしょうか。結構botを見てきたからわかるんですけどbotが一度見たネタしかつぶやかなくなったら飽きが来るんです。しかも中途半端にネタの数が多いとより飽きが速いんです。数種類しかつぶやかないとわかっているbotへ期待はあまりしませんが、つぶやくワードの種類が多いbotに対しては期待をしてしまうんです。当初の俺たちbotの数十種類というネタの数はまさに期待を損ないやすく、飽きられやすい数だったんです。botを愛するものとして、自分の作ったbotがすぐみんなに飽きられてしまうのが許せませんでした。だからネタが出尽くす前に俺たちbotを活動休止にしました。」
俺たちbot。それは多くの仲間の協力と作者の努力の結晶であった。しかしその結晶の輝きは長くは放たれなかった・・・。俺たちbotの前にネタ不足という大きな壁が立ち塞がり、俺たちbotは活動休止を余儀なくされる。しかし作者の情熱、そして仲間がいれば何度でも不死鳥のごとく蘇るだろう。
次回 俺たちbot死す デュエルスタンバイ!